B級・珍スポット

東京 秋葉原駅近くにラジオ体操発祥の地のひとつ 佐久間公園

B級・珍スポット

自分が幼い頃は、夏休みになると近所の公園・神社などで朝のラジオ体操があった。
  連続で参加するとご褒美として文房具の景品がもらえるシステム。自分も景品目当てに参加していたけども、寝坊をきっかけに参加が億劫になり2度と参加しなくなった…

思えばめんどくさがりの性格は、その時点で既に完成していたんだとラジオ体操をきっかけに思い出される。笑

そんなラジオ体操発祥の地とされてるひとつである都内の秋葉原・神田のラジオ体操発祥の地を訪れてきた個人的な備忘録となります。
※ラジオ体操発祥の地は複数ありんす

秋葉原周辺は、電化製品やメイドだけじゃなく珍スポットなども多くて好きな土地

秋葉原駅からちんたら8分ぐらい歩いて到着した 佐久間公園 到着時には公園遊具で小さな子供もあそんでおり、子供の楽し気な声が響き渡っている。
秋葉原駅からちんたら8分ぐらい歩いて到着した 佐久間公園
到着時には公園遊具で小さな子供もあそんでおり、子供の楽し気な声が響き渡っている。
上の画像対角線上から撮影 この公園は佐久間小学校の跡地に作られたようだ。
上の画像対角線上から撮影
この公園は佐久間小学校の跡地に作られたようだ。
公園には戦災殉難者慰霊碑
公園には戦災殉難者慰霊碑
公園内には町名由来板までもが設置されてる 関東大震災では住民が一致団結しバケツリレーでの消火活動をし、一帯は奇跡的に延焼をまぬがれたらしい
公園内には町名由来板までもが設置されてる
関東大震災では住民が一致団結しバケツリレーでの消火活動をし、一帯は奇跡的に延焼をまぬがれたらしい
まだまだ公園には解説があります
まだまだ公園には解説があります
同じ公園なのに今度は神田佐久間町四丁目の町名由来板
同じ公園なのに今度は神田佐久間町四丁目町名由来板

こちらでも火事に関する話題です。 

この地域は、火事が多かったことも古文書に記されています。享保(きょうほう)三年(1718年)には、火災で焼け落ちた町の一部が防火のための火除地(ひよけち)に定められ、そこに住んでいた人々は元誓願寺前(もとせいがんじまえ)(現在の神田東松下町(ひがしまつしたちょう)周辺)に移動するように命じられます。しかし、町の人々にとって河岸(船荷を上げ下ろしする場所)に隣接したこの地から離れるのは好ましいことではなかったようです。そこで奉行所に願い出て、たき火をしないことや、建物の間を空けるといった条件つきで、火除地の一部の使用許可を得ました。その結果、この界隈(かいわい)は商人や職人たちの町として発展を続け、明治維新を迎えています。

町名由来板・神田佐久間町四丁目より

そういえば 今の秋葉原駅近くのヨドバシカメラあたりにから神田川まで船溜まりがあったと聞いた事があるのを思い出した。

確かにラジオ体操会発祥の地とある
確かにラジオ体操発祥の地とある

ん? ラジオ体操発祥の地かと思っていたら、ラジオ体操会とあった。

説明には
 ラジオ体操は昭和3年11月 簡易保険局が国民の健康増進のために国民健康足しそうと名づけて制定したものである。 これがひとたび放送されるやラジオ体操と親しまれ全国各地にラジオ体操会の誕生をみるにいたった。

ラジオ体操発祥の地

そしてこのあとの文章が核心に迫っている。

この地は、当時万世橋警察署の面高巡査が町内会の人たちと共に全国に先駆けて「早起きラジオ体操会」を始めたゆかりの地である。ラジオ体操五十年に当たりこれを顕彰する。

ラジオ体操発祥の地
にしても台座の「R」が気になる… RadioのR?
にしても台座の「R」が気になる… ま まさかRadioのR?

とまぁ~ この地でラジオ体操が全国よりも先駆けてたのはわかった。
 きっと 他の地でも発祥の地があるのも、ほぼ同時期に始まったからだろうか…?

公園の隅には草分稲荷神社
公園の隅には草分稲荷神社
元々武家屋敷があった場所に祠があったのを、地元有志が蓄財を出し合い昭和36年に現在の地へと遷座
元々武家屋敷があった場所に祠があったのを、地元有志が蓄財を出し合い昭和36年に現在の地へと遷座

小さな神社ながら、とても綺麗な状態であり。いまでもきちんと手入れされ続けている印象。

また公園内にはシャワートイレ機能が付いた公衆トイレなどもあり驚いた。 秋葉原駅から比較的近い、こじんまりとした公園だけども、その歴史を調べると色んな情報で頭の中が渋滞した公園だった。

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