宮崎県立平和台公園にある平和の塔(八紘之基柱)
昭和15年に完成した皇紀2600年を記念して建設された石塔で、正式名称は「八紘之基柱」。一般的には「八紘一宇の塔」と呼ばれこともあるらしい。
平和の塔の雰囲気に魅かれて見に行ってきたけども、この糞ブログでは歴史や神話には深堀はせず。 ただただ平和の塔(八紘之基柱)を訪ねてきたという、コレは誰のためにもならない個人的な備忘録となります。

なんかインディジョーンズに出てきそうな古代遺跡にも見えてしまう。

踏石に乗っかり手を叩く。 半信半疑でやってみたけど、実に心地よい反響音を聞けた。

高さ約36.4メートルもあってか独特の存在感が増す。

礎石に使用された石材の数はネット情報によると1,789個にもなるらしい。

八紘之基柱は昭和14年5月に着工、完成は昭和15年11月。
宮崎県内外だけじゃなく、戦時下日本の占領にあった地にも石材の提供を求めていた。


石材を見ると大きさはバラバラだが、左下に寄贈者名が彫るようだ。 石材を見ていくと樺太・台湾・南洋庁管轄・関東州・満州国など少し探しただけで続々と見つかる。 2015年には中国からは礎石の返還を求める運動があった。

塔で目立つのは正面に刻まれた「八紘一宇」の文字。
世界のみんなが一つの家に平和に暮らす的な理想を願った言葉だが、戦前のアジア進出を正当化するスローガンになっていたこともあり、終戦後にはGHQの指導により削除。

一時は放置・荒れており、ロッククライミングの練習場になったりしたけど、1957年(昭和32年)に「平和の塔」に改称。 昭和40年には「八紘一宇」の文字は復元されたけど、今もアジアを中心とした国際的な批判もあるのも事実。

武天皇の船出の様子が描かれた青銅の扉。普段は内部に入ることは出来ないけど、イベント時は見学ができるみたい。

裏側に周ってみると扉が開放されていた。 置き看板が初心者用のRPGゲームみたいw。

下からだとわからないけど、塔の四隅にある像は約6メートルもある信楽焼らしい。

塔の四方にあった像は、武人(荒御霊)、商工人(和御霊)、農耕人(幸御霊)、漁人(奇御霊)を象徴した神霊像。

内部階段をあがると2階展望所へと続くようだ。

なんだか素足で歩いたら気持ちの良さそうな丸石。

まるでゲームの世界に入ってきたようだ。 あの角を曲がったら何があるのだろうかとワクワク。

って すぐに行き止まりかーーーい 笑

でも2階とはいえ眺望は素晴らしくて、昔ニュースなど度々耳にしていたシーガイアも見えたので満足。 画面左側

平和の塔の正面にある不思議な灯籠。
平和の塔がある平和台公園には、訪問を楽しみにていた”はにわ園”もあるので訪問。 それは別の備忘録で予定っす