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東京 八王子と横浜を結んだ絹の道をたどってみた 絹の道資料館

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東京都八王子市鑓水にある絹の道資料館

生糸を八王子から横浜間を運んだという通称「絹の道みち」 その区間を通る鑓水の生糸商人は、生糸取引により財を築きあげたといい、そのうちの1人:八木下要右衛門の屋敷跡は現在は絹の道資料館として残っております。

これはそんな絹の道資料館を訪ねてきたという、誰のためにもならない個人的なブログです。

南大沢駅からバスに乗り途中下車。
バス停からさらに徒歩で絹の道資料館を目指していると何かそれらしき石碑が見えてきました。

 風化がすすんでおり読み辛い…  慶応元年 だけは読める。
四方にも文字があってきになるけども、やはり読めない。 

石碑の足元の見えづらい部分に解説があったw。 どうやら八王子道道標のようだ。
横浜と八王子を結ぶ道標として(1865年)に建てられたもので、「絹の道」が盛んに利用されていたころの貴重な遺物のようだ。 めっちゃ風化してるけど。

御殿橋(ごてんばし)には、より目立つような感じで「絹の道」とあった。
ここから「絹の道碑」までの約1.5㎞の道が市史跡絹の道に指定。

八王子道道標からダラダラと続く緩い坂道を5分ほど上がっていくと見えてきた随分と立派な石垣。
生糸商売により富を得た鑓水の生糸商人の八木下要右衛門の屋敷跡。立派な石垣は当時も”石垣大尽”ともよばれていたとか。

八木下要右衛門の屋敷跡は現在「絹の道資料館」となっている。
自分はバスと徒歩で訪問しているけど、資料館の裏手には整備された無料駐車場も完備されていた。 正直アクセスは良くないので羨ましい。

敷地内には別名「異人館」と呼ばれていた跡など。八王子に訪れた外国人をもてなしたとされるけど、どんな接待がおこなわれていたんだろうね…どちらにせよコミュ力もないと出来ない商いやね。

思ったよりも立派な絹の道資料館だけども、ありがたいことに無料で見学可能。

受付は無人だったけども、裏にある駐車場で男性が何か作業をしているようだった。
まあ 入場無料の文字もあるからねと見学開始。

入館するとイス・トイレ完備の休憩コーナーも設置されており、地形を表している模型もあった。

先ほど見た「八王子道道標」から現在地の「絹の道資料館」は黄色の矢印マークです。
絹の道はまだ続き、この後に訪問を予定している道了堂跡までの道のりは赤い矢印マーク。

さほど距離がある訳じゃないけど登り道は続きそうだから、無料で使える休憩スポットはありがたい。

ちょっと良い旅館のように見学者用にスリッパが用意されている。土禁なので履き替え。

鑓水地区では農業や養蚕などを生業としていたいうだけあって道具の展示も豊富。特にずらりと並ぶ織物機は面白い。 

にしても一部が手書き案内で書かれており、なんか味があっていいね。

当時のお屋敷雰囲気も残っており天井が高いね。

絹の道や養蚕・製糸に関する資料なども多々展示

幕末期に外国人写真家が撮影したという鑓水の村の様子

製糸工場といえば富岡製糸場が有名だけども、5年後には八王子にも製糸工場があったなんて知らなかった。

ビデオという懐かしい響きに誘われ映像資料を見てみようと思ったけど、係員さんを呼ばないと見れないタイプみたい。 裏で作業している最中だったしな…断念。

この先にも続く絹の道の先に現在は大塚山公園があるけども、当時は鑓水の商人たちはが築き上げた富を地域の観光振興のために投じたという道了堂の跡があるようです。 

画を見る限りでは華やかな雰囲気が漂っているけども、現在では色々ときな臭い噂話でも有名みたいだけども、せっかくならばと道了堂の跡も訪ねてきました。その訪問記も気が向けば綴るかもですw