沖縄の交通手段として、今は車が主流であり そのため那覇市内などの渋滞は激しいものがあります。
他の交通手段では、2019年延伸もされた沖縄都市モノレール(ゆいレール)かと思います。渋滞を気にしなくていいので、時間の予定も組みやすくて便利そのもの。
他の交通手段もないのかと更に調べすすめていくと、かつて沖縄県では軽便鉄道という那覇市から嘉手納町、与那原町、糸満市と3路線が存在していたことを知り その跡を辿ってみることにしました。
旭橋駅を降りて すぐに発見。 歩道の上からだと転車台遺構の全体がわかる。
直径約6・8メートル、高さ約1・1メートルで、中央に回転軸の土台。
近くで見ると 転車台としては小さく感じるけど、車両も小さいものだったらしい
この場所が那覇駅跡なのかは自分にはわからなかった…。
転車台遺構についての説明がされている。
この場所が発見されたのも旭橋再開発工事に伴い発見された偶然らしく、発見時期も平成27年とかなり最近。
当時 駅舎のほとんどは木製だったので、戦争で焼けてしまい何も残ってないらしい。当時 珍しくコンクリートで作られた駅舎は、一部分が残っており今は軽便与那原駅舎は資料館として訪れる事も出来るらしいです。 時間調整が出来ず訪問できなかったのが本当に残念。
当時の車両のイメージ模型まで用意してくれています。
1914年から1945年まで沖縄を走っていて、それが戦争ですべて廃線になったと思うと考えるものがある。
次の目的地まで散歩気分で移動
先ほどの場所から離れて約1キロほどの場所に、当時の軽便鉄道のレールが見れる公園があるというので散歩気分で移動。
にしても 街中の雰囲気、街路樹が南国そのもの
途中 こんなお店も発見 荒れた成人式とかでよく見るものですね。
店頭販売していることに驚いた。
普通に歩いたら15分もかからないと思うけど、途中 仲島の大石を見学したり、食事をとったりしてのんびり到着。
画像左が目的地の軌道跡がある公園です。 見ての通り住宅街にあるので静かな場所。 本当にあるのか不安になるけど…
レールだけじゃなくディーゼル機関車も残ってる
住宅街に囲まれた公園にぽつーんと屋外保管されてました。
南大東島でさとうきび等を運ぶのに使われていたディーゼル機関車と蒸気機関車下部らしいです。下部ってなんだ?
レールに関しては、この公園から出土したものらしいです。 こんな住宅街にもかつて鉄道が走っていたということなんですね。
線路幅も明らかに普段見慣れているものより狭い
当時もこんなカラーリングだったのかは、記載もなく不明。 やはり全体的に小振り印象を受ける。
この公園内での軽便鉄道跡を見れるのは以上になります。
やはり遺構も良いですが、車両やレールを見るとより当時の雰囲気を味わえる気がする。
ここを訪問すると決めてから、軽便鉄道の歴史を調べてみて 『沖縄県営鉄道輸送弾薬爆発事故』の悲惨さには驚いたし、その後の沖縄戦にも影響を与えた事故があった事もまったく知らなかった。
改めて生活に身近な鉄道からも、沖縄戦の悲惨さが伝わってくる思いでした。
普通の公園にもこうしたガジュマルの木があるのが、沖縄に来たな~と改めて思う。
転車台遺構
軽便鉄道 レール、ディーゼル機関車が見れる公園