台湾台北市にある白色テロ景美記念園区の國家人權博物館。
日本統治時代後の台湾における権威主義的な統治のもとで行われた不当な人権侵害が垣間見える負の遺産ともいえる場所。
白色テロ (台湾)とは…
台湾での白色テロとは、1949年の二・二八事件以降の戒厳令下において、中国国民党政権が反体制派に対して行った政治的弾圧のことである。1987年に戒厳令が解除されるまでの期間、反体制派とみなされた多くの国民が投獄・処刑された。 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
このブログは国家人権博物館を訪ねてきたというだけで、歴史解説などない誰のためにもならない個人的な備忘録となります。

秀朗橋駅から国家人権博物館を歩いて目指してみた。 路線バスもありそうだったけど、歩いたおかげで台湾らしい景色も見れた。 特にバイク専用の車道には興奮ですよw

約20分ぐらい到着した国家人権博物館。かつては国防部軍法学校でもあった場所らしいけど、2018年から人権教育施設として無料で見学できる。

受付にて自分の出川イングリッシュでも身分証を預けると日本語の音声ガイダンスを貸してもらえました。 預ける身分証を深く考えずパスポートを提示するとスタッフの方が困った顔になり、免許証に変えたらすんなりOKに。 ※パスポートでも良いというネット記事もありました。

いただいたパンフレットには見学順路もあったけど、時間の都合もあり近くの建物(軍事法廷・第一法廷)から入ってみた。

一党独裁下の台湾では、ひどいケースだと気にくわないという理由だけで「政治犯」として疑われ逮捕・尋問・拷問まであったというから恐ろしい。

法廷ではカメラ横に当時の調査尋問などの映像が放送されていた。

漢字だけでも理解できる箇所はあるね。けども、やはり音声ガイダンスを借りて大正解だった。 ※ちなみにタンクトップ&短パン姿は自分ではありませんよ。誰も興味ないと思うけどw。

文字は読めなくても、イラストからだけでも当時の恐怖感が嫌というほど伝わってくる。
白色テロに限らず、今まさにこの瞬間も世界ではこのような境遇で苦しんでいる人は大勢いると思うと胸が苦しくなる。

台湾では1949年から1987年まで38年間戒厳令が敷かれていたというから驚き。 87年なんて自分も既に生まれてる時代だよ。 今回の台湾訪問をきっかけに事前にも勉強させてもらったけども、知らないことだらけだった。

小中学生ぐらいのグループが学習に来ているのか年配者から説明を受けている。
戒厳令下の小学校では台湾語を話すだけでも怒られるという解説もあった。

見るからにぎゅうぎゅうで不衛生極まりない牢獄で環境。 寝る場所すら奪い合い

イラストだから見れるけど、遠い昔じゃない時代の話しだと思うと恐ろしいよ。

敷地は広く見学できないエリアもあった。画像は兵舎群

訪問する前に何日か白色テロについて学んでいたけど、現地に来るまでは心のどこかで北海道の博物館網走監獄ぐらいの気持ちでいた自分が恥ずかしい…。

聳える壁の横にあるのはボイラー室。

ボイラー室と壁越しに隣接する洗濯場施設。 最初理解できてなかったけど、アクリル板のイラストは当時の雰囲気を遺構と併せて見るもんらしい。

洗い場の横にはアイロンや裁縫場所。 政府機構のクリーニング施設では、看守所に残る人たちを強制的に働かされていたようだ。

政治犯として捕らえられた人々が収監されていたエリア。 緑島監獄に送られる人とそのまま看守所に残る人がいましたようだ。ここは構造的にものちほどにも登場してくる収監エリアと比較的しても新しく感じられる。

トイレなども衝立てが設けられていた。

こちらは図書スペース。 と行っても誰もが使える訳でもなく、置いてある本も思想教育のため規制された物ばかり…

本棚の後ろから見つかったという写真たち。 詳しい解説は忘れてしまったけど、偏った思想教育に屈しないという人間味を感じられる気がする。

こちらは自由に見られる食堂スペース。

音声ガイドで印象的だったのが、画像の撮影の時は普段よりも良い食事と綺麗な白シャツを着させ、外国に向け待遇は良いというアピール撮影なのでは? という説明。

空腹で訪れたからサンプルですら美味そうに見えてしまう。 しかし当時は安定した食事供給があったのかと思うと胸が苦しくなった。

時代毎の食事内容の変化サンプルもあった。

軍による裁判で「死刑」が言い渡されると、即執行されることもあったという… 今でこそ静かな場所で自分みたいなもんでもフラフラ見学できてるけど、人の恐ろしさを再認識。

上を見上げると今も残る有刺鉄線。

別の場所で有刺鉄線を近くで見れる場所があったけども、その鋭利さに身震いがした。

他の見学エリアには面会できるスペースもあったことに驚いた。 ただ台湾の言葉は厳禁で中国語のみ。
日本統治から解放されたあとだから話せない人もいたとか

こちらは医務室。

同じ部屋にあった医師がつかっていた机だろうか… 白衣や聴診器がなければわからなかったほどシンプル

そんな机に人間味を感じる写真。 現地では家族なのだろうか…はたまた芸能人なのだろうか…わからなかったけど、のちほどGoogleレンズで検索すると「鄧麗君ことテレサ・テン」と判明しました。 すごい美人ですね

BGMなど一切ない静かな収監エリア。 正直 薄気味悪くも感じてしまう… 途中 他の見学者と遭遇するとどこかほっとしてしまう自分。

せっかく来たのだからと監獄のひとつひとつを出来る限り見ていく。トイレが床よりも高い位置に設置されているのは看守のためだろうか?


他の場所には綺麗に並べられている食事風景。けど部屋のサイズから人数を想像すると容易に狭いとわかってしまう。 画像には映ってないけど、すぐ横にはトイレ

部屋の中に気になる穴があった。

通路側にもあり食事を提供していたスペースなのだろうか? にしては随分と間口で小さい。

再び中庭へ。緑も多くて噴水もあったりと素敵な場所に見えるけど、ここは監視塔に囲まれた塀の中。 当時 収監されていた人達は、どんな気持ちで空を見上げていたんだろうか…

出入り自由の自分はあっけなく壁の外へ。 ゆっくりと見学したので陽が傾き始めていた。

最後は受付にて音声ガイダンスを返却。同時に預けていた身分証明書も返却してもらう。 忘れたら大変よねw
ここはちょっとした図書室&休憩スペースみたいにもなっているけど、空いている席がほぼないくらい若い人でいっぱいだった。 そして誰も本を読んでいなかった気が…まあいいや。

訪問記念にお土産でも買おうかと思ったけど手頃な物がなかった。このスーツケースカバーなんて気になったけど…ちょい怖い。

帰りは十四張駅まで歩くことに。 途中にお店や民家もないような所なので不安になったけど、駅からは台北101が遠くに見えたので少し元気にw 遠くから見るのも乙なもんだね。
今回 国家人権博物館を見学をしてきたけど、同伴者はなんか怖いという理由で半日別行動でしたw 終